純情エゴイスト

□心と体
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玄関を開けた野分は、弘樹の靴があることを確認すると走り出さんばかりの勢いでリビングに向かう。

早く弘樹に会いたいという気持ちが行動の全てに出てしまう。

仕事だとはいえ、会えなかった時間は野分にとっても苦しいものだった。

せめて僅かな休憩時間に電話だけでもしようと何度も思ったのだが、休む暇もない激務に体は休息を望んだのだ。

もともとすぐに切れる愛の充電は空っぽで、野分は早く弘樹の存在で満たしたかった。

(早く顔を見たい、声を聞きたい、温もりを感じたい、ヒロさんに触れたい・・)

野分は、自分でも次々に溢れる感情を欲求を止められない。

治める事が出来るのは弘樹だけだとわかっているから、緩む頬をそのままにリビングの扉を開ける。

久しぶりの帰宅に浮かれていた野分は、部屋に電気が点いていない事や弘樹が出迎えないことに最初疑問を持たなかった。

だが、弘樹を探して部屋やリビングを見渡しているうちに違和感を覚える。

違和感の正体に気付く前に風呂場から聞こえたシャワーの音に、野分は駈け出した。

変にざわつく胸に、野分は弘樹に声をかけることなく風呂場の扉を開ける。

開けた瞬間に見えた弘樹の姿に安堵すると同時に、普段と明らかに違う弘樹の異変に気付く。

それは弘樹の纏う雰囲気であり、あきらかに痩せた体でもある。

唖然とする自分の体を叱咤して、服が濡れるのも構わずに弘樹を抱きしめる。

抱きしめるとさらに体の細さを実感する。

弘樹は抱きしめられた瞬間に体を震わせ、空虚な瞳に野分を映すと怯えたように顔を歪ませて俯いてしまった。

弘樹の表情や状況に混乱しそうになる頭を正常に保たせたのは、頭に降る冷たいシャワーだった。

とりあえず、冷たいシャワーをお湯に変えて冷えきった弘樹の体を温める。

弘樹は野分に体を預けなすがままになっている。

互いに無言で、何を話せばいいのか、どう行動すればいいのか分からず、抱き合った状態で固まってしまった。

そこにいつもの安らぎやトキメキは無く、気まずい雰囲気で包まれていた。

「ヒロさん、上がりましょうか。」

最初に口を開いたのは野分で、その声はとても優しかった。

だが、弘樹がその言葉に応える事はなく座ったまま動かない。

そんな弘樹を抱きかかえ風呂から出ると、素早く体を拭き着替えさせ、最後に毛布で包みソファーに座らせる。

野分は自分も手早く着替えを済ませて弘樹の隣に座る。

弘樹の手に自らの指を絡ませて強く握る。

すると、弘樹はゆっくりと顔を上げ野分へと目線を合わせる。

「野分、おれ…おれっ!!」

久しぶりに聞いた弘樹の声にはハリがなく、色々な意味でその存在が小さく感じた。

弘樹が自らの醜態を見せる事を恥だと思っていることを野分は知っていれば、痛感もしている。

醜態というのは、弱い自分や情けない自分など…そして、泣いている時の事だ。

弘樹からすれば、大人が…しかも男が「泣く」ということ事態を恥だと感じている。

だが、野分からすればそんなことは恥でも何でもない。

「感情」というものは時に制御の利かないものであり、どの感情においても要領を超えてしまえば、涙は勝手に出てくるものなのだ。

そして、やはり要領を超えればそれは流れ出るものなのだと思い知らされた。

弘樹は大粒の涙を流して泣いた。

必死で言葉を紡ごうとする口からは嗚咽しか漏らすことができていない。

「…っ、のっ、…、っっ、のわっ、…っ、っっ、ごめっ、ぁあ゛ぁ〜、ふっ、っっ」

それでも途中途中で聴けるのは「ごめん」という謝罪。

「ヒロさん、ヒロさん。俺の顔を見て下さい。そう。大丈夫、ゆっくり息を吐いて…吸って…繰り返して下さい。大丈夫、大丈夫です。」

泣きじゃくる弘樹を抱きしめて、触れるだけのキスを降らして、背中を何度も擦る。

嗚咽が治まってくると、今度は弘樹の謝罪が途切れる事無く続く。

「ごめん、のわき…ごめっ、おれ…ごめっ・・」

一度口を啄むようなキスで塞ぎ、一回り小さくなった体を胸の中に閉じ込める。

そして、耳元で優しく問いかける。

「ヒロさん…大丈夫です。だから、説明して下さい。なにがあったんですか?」

その瞬間、弘樹が拳を固く握り締めたのを感じた。

そして、次に発せられる弘樹の言葉を暫く理解する事が出来なかったのだ。

「野分っごめん…おれ、浮気した。」
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